森とレジリエンス 屋久島編 2026
Photo by Takuya Tabira
森とレジリエンス 屋久島編 2026
今年のテーマ
GCRCとして4回目になる「森とレジリエンス 屋久島編」。今年のテーマは、2026年の4月に発刊された清水美香編著『レジリエンス~変化をおこす力を編む~地域の再生と生存』(日本評論社)の冒頭に着想を得た「思考の野生と、感性の野生が織り成す未来」です。
趣旨
私たちは大人になるにつれて、経験や知識を蓄積する一方で、知らず知らずのうちに物事を既存の枠組みで捉えるようになります。「どうせこうだろう」「きっとこういうことだろう」。そうした思い込みや先入観は、日常生活を効率的に営む上では役立つかもしれません。しかしその一方で、私たちの視野や思考を狭め、新たな可能性や関係性に気づく力を弱めてしまうこともあります。だからこそ、ときには立ち止まり、自らがまとっている「鎧」を静かに横に置いてみることが必要なのではないでしょうか。
屋久島の森は、そのための格好の場です。千年を超えて生きる木々、絶え間なく循環する水、倒木の上に芽吹く新たな生命、多様な生きものたちが織り成す関係性。その営みに身を置くとき、人間がつくり出した時間の流れや価値観は相対化され、普段当然と思っている見方や考え方が、実は数ある見方の一つに過ぎないことに気づかされます。
本プログラムのテーマである「思考の野生と、感性の野生が織り成す未来」とは、単に知識を増やすことでも、感覚を研ぎ澄ますことでもありません。感性や思考の根源に立ち返り、自らをひらきながら、自然や他者との交差を通じて新たな気づきや問いを生み出していくこと。その過程で、想像力や創造力が呼び覚まされるとともに、内発的な変化が促され、「木を見て森も見る」視点が深化していきます。そして、自然―人間―社会の関係性をより大きな視野で捉え直し、そのつながりを豊かに編み直していく力が育まれていきます。屋久島の森で過ごす時間は、自然を学ぶ時間であると同時に、自らの思考や感性のあり方を問い直す時間でもあります。
AI時代をはじめとして、変化が激しく、不確実性が高まる時代だからこそ、既存の答えを求めるのではなく、自らをひらき、多様な視点と出会いながら未来を創造していく力が求められています。本プログラムでは、縄文杉への旅、天空の茶室、森の中のレジリエンス読書会・カフェ、サウンドスケープ体験、そして「本質的な対話」を通じて、「思考の野生」と「感性の野生」を呼び覚ましながら、自然―人間―社会のつながりをあらためて見つめます。そして、そのつながりの中から自分自身の生き方や実践を問い直し、自然と人間、人間と社会、そして過去と未来の関係性を編み直しながら、変化の時代をしなやかに生きる力としてのレジリエンスを共に探究します。 屋久島の森で、そのプロセスを共に経験してみませんか。
背景
このプログラムは元々、京都大学で実施してきたSDGsとレジリエンス思考に関わるプログラム(屋久島における「木を見て森も見る」SDGs思考養成実践モデル事業/文科省2020年度SDGs達成の担い手育成(ESD)推進事業)をプロトタイプとし、それを一般的な文脈に落としこんでアップデートして実施しています。幅広い方々に、屋久島を舞台に「自然~人間~社会の関係性」、自然~人間~地域(コミュニティ)の中に宿る「レジリエンス」を体得し、自然と共生する持続可能な社会のための「つながり」の再生を念頭に、みなさまの暮らしや仕事場、そして生き方に活かしていただきたいという想いから生まれました。他には類をみない、レジリエントで持続可能な社会を研究し続けている研究者と、森の人・実践者が協働し、試しながら磨き続けているプログラムでもあります。
プログラム内容
| 開催日時 | 2026年11月27日(金)〜2026年11月30日(月) 3泊4日(参加者事前オリエンテーションを2026年9月中に開催予定) ※天候、参加者の状態、森の状況等に応じて柔軟に変更する場合があります。 ※今年は縄文杉へ向かうプロセスそのものを重要な学びの場として位置づけています。単なる登山ではなく、「森と身体と感性と思考の関係を編みなおす時間」として構成します。 |
|---|---|
| 主催 | 一般社団法人地球社会レジリエンスセンター |
| 講師 | 清水美香(サステナビリティ研究者)、田平拓也(森のスペシャリスト) |
| 対象 | 企業人、団体職員、学校/自治体関係者、学生 |
| 参加費 | ・GCRC会員の方:10万円(税込)(できるかぎり7月31日までにお振込みください) ・一般の方:12万円(税込) ※2026年7月31日までにお振込みの場合、早割として1万円OFFとなります もし個人会員への入会手続き(入会手続きと、お申込みと同時にしていただけます)いただける場合は、会員用参加費でお手続きいただけます。 ※個人会員への入会手続き ※屋久島行きの飛行機は、日にちが近づくにつれ高くなる可能性があり、また想定しているお薦めの宿泊先の確実な確保のために、早めの〆切になっておりますことご了承ください。 【参加費に含まれているもの】 講義・プログラム運営費、屋久島内の移動費(登山バス代のぞく)、プロフェッショナルなガイドによる森案内、ポーター(山中テントや食事運搬)代、行程中の保険、1日夕食、2日目朝昼(弁当)、2日目夕食、3日目朝食・昼食、4日目朝食(森の中での食事も含めて、出来る限り、手作りで身体に優しい食事を準備します―お楽しみに)など。 【宿泊費・渡航費などの別途お支払い】 1日目および3日目の宿泊費(宿泊はこちらでまとめて手配します。2日目はキャンプ野外泊で無料、その他は1泊8,000円~1万円程度)および渡航費(ご自身で屋久島空港までご手配ください)、上記以外の食事代、縄文杉登山バス・協力金4,000円などは別途必要になります。 |
| キャンセル料 | 2026年8月20日まで50%、2026年8月21日以降は100% |
| 定員 | 数名(最少催行人数3人)最少催行人数(入金済み)に達したときに催行決定とします |
| 申込方法 | 参加をご希望の方は、名前、所属(ある方のみ)、電話番号、メールアドレス、住所(会員の方は名前のみでOKです)を書いて、メールタイトルに「森とレジリエンス屋久島 2026 参加希望」と記載し、一般社団法人地球社会レジリエンスセンターのメールアドレス(contact@gcrc.or.jp)までお申し込みください。こちらから確認のメールをお送りする際に、参加費の入金方法や注意事項などをお知らせいたします。 |
| 申込期限 | 2026年8月19日(水) |
タイムテーブル
DAY1|境界をほどく
― 都市の時間から、森の時間へ ―
13:00~
- 「森とレジリエンス」イントロダクション
- レジリエンス思考のエッセンス
- 対話作法
- 境界をほどくフィールドへ
- 森とレジリエンス読書会・哲学カフェ
- サウンドスケープ体験
- 森の中で受け取ったものを「記録」
夜
対話Ⅰ:「テーマは当日公開」都市の時間と森の時間、感性の均質化、身体と認識、自然とレジリエンスなどをキーワードに、対話・リフレクション
DAY2|感性の野生へ
― 森の時間に身体をひらく ―
早朝〜夕方
縄文杉フィールドワーク①「速度を落とすことでしか見えないもの」
縄文杉へ向かう道程の中で、水循環、苔や菌類、森の階層性、補完性、人と自然の関係史
などを観察しながら、“森を関係性のモデルとして捉える視点”を深めていきます。またサウンドスケープ、身体感覚、「隙間」、ナラティブなども重視します。
DAY3|思考の野生へ
― 深い時間と、生態系の循環に触れる ―
早朝〜午後
対話II:「テーマは当日公開」森の中での「ゆらぎ」などをテーマに、対話・リフレクション
縄文杉フィールドワーク②「千年単位の生態系と、人の思考」
「天空の茶室」を介しながら、森と空のあいだにひらかれる、其の場限りの“場”を通して、多様な「境界」と関係性を深く見つめなおします。ここでは、結論を出すことよりも、共に在ること、余白を感じること言葉にならないものに耳を澄ますことを大切にします。
DAY4|編むということ
― 森の経験を、未来へ編み込む ―
午前
- 対話III 「未来を編むとは何か」
- 統合セッション:ナラティブ手法を取り入れながら、個人・社会・地域との接続を具体化していきます。
終了後、昼食(各自)や離島の港空港島へ送迎致します。
悪天候の場合
台風の影響等から大雨、洪水が予測される際には、日程を延期して実施いたします。中止の判断についてはこちらからお知らせいたします。その後の日程についても改めてお知らせいたします。
なお、線状降水帯については予測が難しい側面もあるため、事前に判断しかねることもあります。滞在中にそのようなことが起きた場合は、出来る限り安全な場所に避難するなどの措置をとります。予定の遅延などが起こり得ることはご了承ください。
ご注意
- 万が一、既に入金していただいて、最少催行人数に達さない場合、速やかに全額をご返金いたします。一方、締め切り日を待たず募集終了の可能性もありますので、早めのお申込みをおすすめします
- ご都合により、参加日数が少なくなる場合などはお問い合わせください
- その他、参加にあたって、ご不明点、ご質問ありましたら、お問い合わせフォームかcontact@gcrc.or.jpまでお問い合わせください
参加申込
申込方法
参加をご希望の方は、名前、所属(ある方のみ)、電話番号、メールアドレス、住所(会員の方は名前のみでOKです)を書いて、メールタイトルに「森とレジリエンス屋久島 2026 参加希望」と記載し、一般社団法人地球社会レジリエンスセンターのメールアドレス(contact@gcrc.or.jp)までお申し込みください。こちらから確認のメールをお送りする際に、参加費の入金方法や注意事項などをお知らせいたします。
「森とレジリエンス 屋久島編 2024」参加者の感想
R.Nさん
屋久島での「森とレジリエンスSDGsフィールドワークツアー」では、自然の中での体験を通して、レジリエンスの本質を深く理解する貴重な学びとなりました。森、里、川、海が織りなすつながりを全身で感じる中で、自分の日常生活がいかに自然との関係を無意識に分断しているかに気づかされました。屋久島の原始的な自然環境の中で、他では得難い豊かな生態系の相互関係を目の当たりにし、森と人との関係性や自然と社会とのつながりの重要性が五感を通じて認識することができました。このプログラムは、単なる理論的な学びではなく、心と体でレジリエンスを体得する独自のアプローチが特徴的でした。日常の暮らしを見直し、自然と共生する未来への道を切り開くための気づきを屋久島で見つけることができ、大変有意義な時間となりました。
T.Iさん
個人的に大好きな屋久島。渡島の回数はもう分からない程だが、今回あえてプログラムへの参加を決めたのは、“自分以外”を通して、誰かとの対話や空気感を通して感じる屋久島から、なにか新しい気づきを受け取れるようなワクワクした気持ちがあったからである。「いつもの屋久島の過ごし方」は、山や森を歩き、海・川で遊び、自然との繋がりや自然の在り方から得られるものを受け取って、自然と涙が出たり、笑顔になったり。屋久島という場所が、「わたしという個」によりフォーカスする為に最適な存在で、自分の内と外を循環させるために必然だったように思う。
そんな「いつもの屋久島の過ごし方」があった私の中で、先ず新しい気づきをもたらしてくれたのがヤクスギランドでの天空の茶室。人間が創った文化・道・様式、人が生きるため、たのしむために大切にされてきた心や智慧を、お茶を相手の為に点て合うというカタチで体感。自然や人から感じる音・リズム、空気の振動、大小たくさんのいのちに包まれながら初対面の誰かと対話をたのしむ。お相手とは短い時間ながらも、茶道の所作で大切な【一度に二つのことをしない】【ひとつひとつの動作を大切にする】というキーワードを受け取り、それが自分のこれまでの日常を捉え直すヒントになった。どれだけ多くのことを効率良く行うかが重要視されがちな昨今は、モノ・コトひとつひとつを丁寧に扱い、時間を掛けることは減り、日々頭と指先で情報を得ている気になっている事が多いように思う。圧倒的に頭でっかちで、身体が置き去りのように思う。自分自身を振り返っても、ついつい先回りして効率的思考を巡らす癖が根深くある。効率を追求することは決して悪ではないが、その前に先ずは【ひとつひとつの動作を大切にする】があってもいい。そこにあるストーリーに五感を傾け、見つめる。面倒だと思うことも丁寧に織りなしていくプロセスをたのしむ。ゆっくりと自分を内観・内省し、道具や人、環境に意識を広げていくと、今の自分に繋がる新しい発見がある。茶の道にしても、チャノキの栽培から道具が生まれるまで、湧かした川の水はどこからどう流れてきたのか、お茶をたのしむ相手はどんな生き方をしているのか、それだけでも莫大で壮大なストーリーがあり、私たちはそれをたのしむ文化を既に持っているという素晴らしさに気が付いた。
地杉の加工場では、厳しい自然環境下で育った屋久島の杉の強さを知った。年輪の目の細かさや油分の多さなどは、長い歴史を持つ屋久杉の話として知っていたが、今現在屋久島でまさに育っている杉にもその特徴が受け継がれているとは。どんな環境で育つかで特徴が出て、変化に合わせて必要な進化もする。人間含め全ての生き物は同じだと感じた。災害を防ぐための伐採や、人口減や環境変化を見据えての植林、林業の智慧。その一方では里で暮らす人々の海・川・森離れもある。太古の森が存在する屋久島も、自然と人の境界が濃くなってきているのかもしれない。ここでもやはり「ストーリーに目を向け、知ること」が境界の自由な横断のステップとして重要なことなのだろうと感じるなか、地杉の染色を体験した。プログラムを通して頭に入れた情報が、今回は織物を染めるという行為によって、すっぽりと身体(細胞)のなかに内包された。身体を振動させ、揺らいで染みこませる。染みこんだものはなかなか消えない。時間や環境、混ざるもので結果が変わってくるのもまた面白い。身体を使うことは、やはり重要だ。
森の空気を吸い込みながら屋久島の人々と自然の今を知り、様々なナビゲートで知識を得たり文化を体感したり感覚として染みこませたりしながら1日を終えた。プログラムを通してあらゆるストーリーを知り、それが自分の中に入ってくると、自分という個だけでなく、個と全体・内と外・境界の重なりが在り在りと見えてくるように感じた。わたしという人間は全てと繋がって成り立っているなと、改めて感じた。自己調整の大切さをみなさんに伝えることを自分のライフワークとしている以上、当然頭ではわかっていて実践もできていると思っていたが、自然や文化、人から学び得られるものはまだまだあると感じるプログラムであった。出逢ったすべてのみなさんに感謝の思いだ。
匿名さん
屋久島での4日間を振り返って
初屋久島!4日間のプログラムを終え、写真で見ていた深い森から、空・川・滝・里・海と循環するなかに植物、動物、人間、山の神が在る立体的なイメージへと変わっていきました。「森には答えがある」という言葉を頼りに参加した私。参加する前は、森に入れば自分の中から答えが見えてくるのではと思っていましたが、実際は少し違っていました。私の心の中に残ったのは「感覚を取り戻す」場と時間の大切さでした。
1日目
前乗りしたおかげでプログラム前に、海に続く女川の中でお茶を飲むことができました。美しい水と苔の蒼さに見惚れながら、川と海は繋がっていることを実感。牛床詣所(うしどこもいしょ)では、苔むした祈りの場が200年も前から今も山岳信仰を支えていることを知りました。途中で出会った猿たちの生活感にも触れ、道沿いに咲く美しい白い花に見惚れ、「ウェルビーイング」について対話しました。
2日目
屋久杉ランドはその名に反して見応えがあり、土埋木が残る地を保存するために作られたとも知りました。千年杉や仏陀杉など1000年以上も前から、何種類もの苔と共に静かにそこに息づいています。長い歴史の中で他の植物と共生していたり、絡み合っていたり。「一番進化しているのは1年草」と知り、「進化」という言葉がこれまでのプラスのイメージから変わっていきました。「進化」というレースから外れた古代からそこに在る森になぜ私たちはこれほど惹かれるのだろうか、と考えさせられました。「天空の茶室」では森に囲まれ、水の音を聞きながら気持ちが解放されていきました。屋久島地杉加工センター見学では、引き継がれる、倒れた屋久杉を里へ運ぶ職人たちの技や思い、切られた木の山に新しい苗を植え森を守る人たち、製材し切り取られた端材や皮を再利用しようと知恵を絞りながらここで暮らす人たちの姿に触れました。杉の皮で染めたストールは一つ一つ違う色合いで心を癒してくれました。
3日目
大川の滝へ。激しく流れる滝を見上げながら、ただその音と水飛沫の中で時を過ごしました。屋久杉の森とは異なる緑の林道を通り抜け、鹿に出会い、ガジュマルの木に触れました。永田いなか浜では海と浜を行き来する亀を思い浮かべました。三日間のプログラムで感じたこと、考えたことを白い紙に表す時間がありました。私は古代から続く屋久島とそこに在る森や川、滝、海とそこに暮らす動物や人間、山の神が対話している様子を描きました。自分の今の生活と繋げて「感覚を取り戻す場や機会を創る」と書きました。
4日目
一枚板が覆い尽くす川で一人一人が思考する時間がありました。4日間を振り返り、今の自分と向き合う中で、私はなぜ「感覚を取り戻す場や機会を創る」としたのか、そもそもここに書いた「感覚」とは何を指すのか考えてみることにしました。
今の課題と屋久島での気づき
【私が今課題だと思っていること】は、ココミラ+の仲間と行っている不登校支援活動の中で、なかなか打ち破れない壁があることです。「今の学校の仕組みの中では、子どもたちの学ぶ楽しさは実現し難い。多様な学び場が必要であり、公教育そのものを考え直していく必要がある」という考えは、自分と同じ価値観で繋がるコミュニティーでは理解してもらえても、そこからなかなか広がらない現実に何度もぶち当たっています。そこで私はこれまでやってきたことを振り返ってみることにしました。
- ココミラ+の活動(支援者の研修会、「みんなの文化祭」、元不登校生のトークセッション、子どもに関するドキュメンタリー映画上映会&シェア会)
- 発達支援センター相談員として保護者や子どもの声を聞く
- スープ屋Hyggeでの出会い
さらにこれから自分がやりたいことを挙げてみました。
- こどもアドボカシーの学び
- こどもマーケットへの関わり
- 民設民営公民館「まる」(中高生の人生の寄り道の場)への関わり
- edible school yardの実現
- 各国の教育についての学び
なぜ私は「感覚を取り戻す場や機会を創る」としたのか?屋久島の中に息づく全てのものから気づかされていったさまざまな私の中の感覚。知識や情報を飛び越えて私の中に呼び起こされた感覚こそが私自身を変え、動かす原動力になったのではないかと思いました。私が今抱えている課題についてもそこに突破口があるように思えました。
天空の茶室で聞いた若者の将来に対する不安もある中、未来そのものである子どもたちの魅力に取り憑かれている私は、今の子どもたちの学校教育に対する私の課題を解決するヒントを屋久島プログラムの中から得たような気がしています。
感覚とは何か、そしてこれからの行動
私の課題に関して考えた「感覚」とは、
- 今の子どもと子どもだった昔の自分を受け止めること
- 〜したいと思う気持ちと行動に移すプロセスを楽しむこと
を指しています。もちろん、今の私には直ぐにその場や機会を創る力はありません。まずは自分自身がそんな場を体験し引き出しを増やすことから始めようと思います。
- 感覚を取り戻すさまざまな体験をする。
- 行動している大人や子どもと知り合う。
- 自分の体験や考えていることを仲間に伝え、共有する。
「隙間をデザインする」「木を見て森も見る」は「感覚を取り戻す場や機会を創る」までの過程に活かしていけたらと今は考えています。今回のプログラムで私が将来やっていきたいことも少し見えて来たような気もしています。
